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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

1252プロジェクトを通じた女性アスリート支援の現状

SPORT POLICY INCUBATOR(47)

2024年12月11日
伊藤 華英(一般社団法人 スポーツを止めるな 代表理事)

 1252プロジェクト。私が共同代表を務める(一社)スポーツを止めるな、の主要な活動として、女子学生アスリートへ「スポーツ×生理」の啓発を行うのがこの1252プロジェクトである。

 “1252”とは、1年間52週のうち約12週間が月経期間にあたることを意味する。

 この数字を聞いて、よく驚かれる。「そんなに月経期間があるんですね」「年間3ヶ月も月経があるんですか?」男女問わずこのような感想をもらうこともしばしば。

 多くの女性にとって、1ヶ月に1度(正常月経周期は25日〜38日)*1ほど訪れる月経は、いいも悪いも当たり前の存在なのかもしれない。日本人女性の初経は平均12.3歳、トップアスリートは平均12.9*2と言われており、閉経は平均50歳と言われる*3。よく、私は様々な場所で、月経=人生を考えることと伝えている。この12歳から50歳だけでも、女性は多くの時間を月経とともに過ごしていることがわかるだろう。当たり前の存在ではあるが、気にかけなくてもよいというものでもない。

女子学生アスリートへ「スポーツ×生理」の啓発を行うのがこの1252プロジェクトである

 近年、Femtech*4が産業としても注目され、女性の社会進出なども課題にあがり、マスメディア、SNS等でこの話題を目にすることも多いだろう。また、2013年度から、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)にて、スポーツ庁委託事業として、「女性アスリート研究・支援プロジェクト」が実施されている*5

 しかしながら、心身の発達において重要な10代の月経を含む、女性のヘルスケアの啓発は課題が多い。1252プロジェクトは部活動や、様々なレベルでスポーツを行う女子学生アスリートへ向けた情報発信をスタートした。20213月にスタートし、まだまだ経験は浅いが、多方面から需要があり、多くのステークホルダーと地道に進んできた。

 そんなプロジェクトを始めたきっかけは他でもない自身の経験からだ。200823歳、北京オリンピックの経験だ。19歳の時にアテネオリンピックへの出場を逃していたこともあり、あとがない状態での代表権獲得。20084月だった。全てやり残すことはないというくらい準備した、代表選考会だった。23歳で初のオリンピック代表。競泳界では遅咲きという年齢。つまり、私にとっては、「ようやく手に入れたチケット」でもあった。北京オリンピックへの代表が決まり、今後のオリンピックまでの3ヶ月間の合宿等のスケジュールを考えていると、あるワードが頭に浮かんだ。月経だった。人生で初めて、月経周期を逆算することをし、オリンピック期間(8日間)全て月経期間にあたるということがわかったのだ。今までは月末の大体このあたりということ、月経はしんどいということは知っていたが、自分の正確な周期や、時期による症状の把握はしていなかった。今思えば、最高のパフォーマスをしたい、しなければならないと考えるアスリートにとって、月経周期さえも把握していないというのは、とてもチャレンジングなことだった。月経はしんどいからずらさないといけない。そんな思いから、コーチやドクターと相談し、中容量ピル*6を使用して月経をずらすことを決意した。試合の3ヶ月前に初めてピルを使用したのだ。その後、副作用が出始め、北京オリンピックの時は、体重が4-5kg増え、お腹が膨れたような感覚、そして月経前のようなメンタルの不調が続いていたのだ。この不調は、「自分が弱いからだ」と奮い立たせることも多かった。1252プロジェクトを始めてから知ったことだが、ピル使用後3ヶ月くらいは副作用が出るので、大事な試合前の3ヶ月間は使用しないで欲しいとのことだった。当時、まさに私はその副作用に悩まされた。大事な試合は最高の状態で迎えたい。アスリートであれば、当たり前のように感じることだろう。しかしながら、最高の状態どころか、不調の状態だった。この経験は私がこれからを生きる女性たちに伝えていきたいこととなった。「ピルを飲んだことが失敗ではなく、知識のなさが失敗だった」ということだ。

 1252プロジェクトはこのような思いの中立ち上げたものである。どんな人にも、正しい情報を届けたいと考えている。

 月経についての調査を少し紹介しておきたい。働く女性の健康に関する調査*7では、約77%の女性が月経の際に痛みを感じており、約75%が自分のパフォーマンスが3割程度は低下すると述べている。また、エリートスポーツにおける調査*8でも、月経周期と主観的コンディションの関連では、91%の女性アスリートが関連があると答えたという有名なデータもある。

 1252プロジェクトは、“10代からの月経教育を掲げ、女子学生アスリートへのプログラムを構築し、提供している。「なぜ、10代なのか」女子アスリートの課題として挙げられるのが、一番は無月経だと言われており、その無月経の中でも、利用可能エネルギー不足による視床下部性無月経が女性アスリートに多いと言われている。「運動によるエネルギー消費量に見合ったエネルギー摂取量」が重要だ。摂取不足により、相対的なエネルギー不足、無月経、骨粗鬆症を引き起こす。これが、女性アスリートの三主徴と言われる。国際オリンピック委員会(IOC)でも「スポーツにおける相対的エネルギー不足(relative energy deficiency in sport: REDs)」という概念を提起して注意喚起・啓発している*910代の若い学生たちが、女性アスリートの三主徴になると、骨粗しょう症による、疲労骨折のリスクが高まる。20歳を過ぎると、骨量は増えない。利用可能エネルギー不足による、将来の身体への影響は計り知れないのだ。1つの事例を紹介すると、ある陸上の中長距離のコーチから、「もうランニングもジョギングさえもできないんです」という、将来有望だった選手の話を聞いたことがある。アスリートは、競技成績が全てだと考えることが多いと思うが、その前に女性の体を持っているということだ。指導者の方には性差がそもそもあるという指導や、アスリート本人も、自身の女性としての健康への知識がより必要だと感じる。

 1252プロジェクトを始めてから多くの学生や、指導者の方と話すが、知っている人は知っている、対策している人はしているが、知識が必要であることを知らない人が多いという現状もある。10代の女子学生、指導者、保護者の方、それぞれの、女性特有の健康課題への知識格差は減らして行かなければならないと私自身考えている。「スポーツに出会ってよかった」「スポーツをやっててよかった」そう感じてもらうのは、大事なことではないだろうか。選択肢が多くある時代。自身の身体を理解し、コンディションを整えていくことができる。これを多くの女性アスリートにも、女性にも知って欲しい。月経の症状は、1010色。人と異なるのは当たり前。そして、自分にあった対処が必ずあることも知ってほしい。月経は、主観的コンディションが重要といわれているが、経血の量や月経痛など人と比較することも困難でもある。月経(医学用語)は生理と言われることもあり、多くの女性が当たり前に来て、我慢するものという認識も未だ拭えていない。今まさに、ダイバーシティや、インクルーシブ、様々な概念が飛び交う時代。まさに、多くの場面で、人と人とが、対話するタイミングが来ているように思う。1252プロジェクト*10は、多くの方と協力して、女性アスリート、女性のヘルスケアについて、スポーツ界から発信、変化に繋がるよう進んでいく。

*1 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科「Conditioning Guide for Female Athletes 2」p11

*2 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科「Conditioning Guide for Female Athletes 2」p11

*3 公益財団法人日本産婦人科学会:https://www.jsog.or.jp/

*4 Femtech Tokyo : https://www.femtech-week.jp/hub/ja-jp/about/about_fem.html

*5 ハイパフォーマンスセンター:https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/business/female_athlete/program/tabid/1329/Default.aspx

*6 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科「Conditioning Guide for Female Athletes 2」p37~

*7 働く女性の健康に関する実態調査(2004)厚生労働省

*8 能瀬ら,日本スポーツ医学会(2014)

*9 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科「Conditioning Guide for Female Athletes1」p.34~40.

*10 一般社団法人スポーツを止めるな:https://spo-tome.com/

<参考>
1252プロジェクトは、国際オリンピック委員会(IOC)が Beyond Sport と Women Win と協働して、持続可能な社会の実現のためのスポーツを活用した先駆的な取り組みを支援する「Olympism 356 イノベーションハブ」において、2024年8月に「イグナイト365」アワードをアジアから唯一受賞しています。
https://olympics.com/ioc/news/olympism365-innovation-hub-awards-grants-to-five-impactful-organisations

  • 伊藤 華英 伊藤 華英   Hanae Ito,Ph.D 一般社団法人 スポーツを止めるな 代表理事 2001年の世界選手権で背泳ぎの競泳選手として注目を浴びる。2008年北京、2012年ロンドンの2大会連続でオリンピック出場。2012年、国体を最後に現役引退。引退後はマットピラティスの指導者資格を取得し、水泳とマットピラティスの素晴らしさを伝えるための活動に注力。順天堂大学(スポーツ健康科学部)博士号取得。日本大学非常勤講師等

    photo: Kiichi Matsumoto/Number